東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)78号 判決
(争いのない事実)
一 本件登録商標の登録無効に関する審判請求事件及び抗告審判請求事件に関する特許庁における手続の経緯並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無)
二 原告は、まず、本件審決が、本件登録商標と引用商標とは、観念の点において、相紛わしいとした点を判断を誤つたものであると主張する。
しかして、成立に争いのない乙第五号証から第十一号証、同第十四号証、同第十五号証の一から五、同第十六号証、同第二十、第二十一号証及び同第二十九号証の一から四並びに証人宮崎三郎、同中道一男、同一柳正二郎、同横畠駿一郎、同西森伊勢義、同橋詰延寿、同岩本多吉及び同山西健次郎の各証言を総合すれば、「つぶ」という語は、高知地方において、古くから(それが正確にいつからであるかは、事の性質上、必ずしも明確ではないが、少くとも、本件引用商標の出願の日であること当事者間に争いのない昭和十年十月二十八日以前からであることは明らかである。)、原告主張の形状のもののほか、種々の形状の飴菓子を意味する地方的な言葉として、広く使用されて今日に及んでいる事実を肯認しうべく、これと牴触する甲第九号証(乾常善の証明書)及び同第十号証(中道一男の証明書)は、必ずしも、たやすく信をおくに足る客観性を有せず、他に、右認定を覆えすに足る資料はないから、引用商標のうち「つぶ」の文字は、結局、その指定商品である飴菓子を指称するものに他ならず、したがつて、右引用商標のうち、取引者、需要者の注意を最も強く引く部分は「松魚(カツヲ)」の文字部分であり、その結果、引用商標からは、一般に、「松魚(かつを)」の観念をも生ずるものと認めるを相当とする。
よつて、「初鰹」と「かつを」とが、観念の点において、本件審決が認定するように、類似であるかどうかについて審案するに、「初鰹」の語は、初夏新緑の候、一般の人々の食膳にのぼる新鮮、美味な鰹を意味するものとして、古くから、われわれ日本人に、さわやかな季節感をもつて用いられてきた語であることは、顕著な事実であるが、この語によつて表現されるところは、このような季節感をもつた鰹として、一般に「かつを」の語のもつ観念に包含されるものとみるのが相当であり、「初鰹」も生物学的な意味において「かつを」に他ならないのみならず、一般社会通念においても、また「かつを」の観念に包含されるものといわざるをえない。これを要するに、「初鰹」の語のもつ観念には、前叙のような季節感をもつた鰹を意味するものがあるにしても、なお、それが観念上、「かつを」の範疇に属することは否定しえない事実であり、「初鰹」をもつて、常に「かつを」一般とは別個、独自の観念を内包するものとすることはできない。いま、これを商品飴菓子及びその類似品(本件審決が、これらの商品につき「初鰹」の商標の登録を無効とすべきものとしたことは前記のとおり)との関連においてみるに、これらの商品は、その性質上、季節感と特別に関係のあるものとは認めがたい(これを認めるに足る何らの資料はない。)から、これをこれらの商品に使用する場合においては、「初鰹」は「かつを」一般とたがいに類似する観念を生ずるものといわざるをえない。
この点に関し原告訴訟代理人は、本件登録商標と引用商標の類否の判断に当つては、「初鰹」及び「松魚(カツヲ)つぶ」の文字が全体としてもつ観念を比較考量すべきである旨主張するが、本件引用商標の文字全体から「松魚(かつを)」の観念を生ずること前認定のとおりであるから、原告の右主張は、本件において、当を得たものということはできない。
また、原告訴訟代理人は、「初鰹」における「鰹」は、鮮魚としての鰹を意味するに対し、「松魚(かつを)」は鰹節を意味する(少くとも意味することが多い。)から、両者は観念において別異である、と主張する。しかしながら、学問的意味においては右の見解が正しいと仮定しても、これら両商標の指定商品の取引者を含む一般社会人のもつ通念において、「鰹」が常に鮮魚としての「かつを」を意味し、「松魚」が常に「かつをぶし」を意味するものと断定することはできない(たとえば、神社建築に見る「鰹木」の呼称は、その形が鰹節のそれに似たことに由来することは周知のことに属し、また、原告の引用する大言海の注解も、『鰹節の松の節に似たるより、これが作られる鮮魚としての「かつを」を「松魚」というか』の意とも解されないではないであろう。)。
(むすび)
三 叙上のとおり、「初鰹」は「かつを」の観念に包含されるものと認めることができるから、本件登録商標は、観念の点において、引用商標と類似であり、したがつて、両商標は互いに類似するものというべく、右と同趣旨に出た本件審決の判断は相当であり、この点において、本件審決には、原告主張のような違法はない。
原告は、観念の点において類似であるからといつて、直ちに、両商標が全体として類似であるとすることは不当であるとして本件審決を非難するが、商標が、本来、外観、称呼、観念の三点において、商品識別の機能を営むものである以上、本件登録商標が、観念の点において、引用商標と類似である以上、商標全体として、両者は類似するというを妨げず、少くとも本件に関する限り、原告の非難は当を得たものということはできない。
以上の説示のとおりであるから、本件登録商標の登録は、引用商標の指定商品である「飴菓子」又はその類似品については無効とすべきものであり、本件審決には、原告主張の取消事由は存せず、したがつて、原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものというほかはない(原告は、本件審決が、本件登録商標をもつて、被告の商品と誤認混同を生ぜしめる虞があるものとした点に事実誤認の違法がある旨主張するが、仮に右主張が理由ありとしても、本件登録商標の登録が、前記の点において無効とされるべきものである以上、本訴請求を理由なしとせざるをえないことは、多くの説明を要しないところであろう。)。よつて、原告の本訴請求は、これを棄却する。
〔編註〕本件に関する商標は左のとおりである。
第一―登録商標
<省略>
「土佐自慢」の文字の下方にこれよりやや大きく「初鰹」の文字をいずれも通常の書体で縦書して成り、「土佐自慢」の文字には権利不要求
指定商品 旧第四十三類菓子及び麺麭の類
登録出願 昭和三十年四月十八日
登録 昭和三十一年一月三十一日
第二―引用商標
<省略>
「松魚つぶ」の文字を縦書し、「松魚」の文字の右側に「カツヲ」の文字を振仮名して成るもの
指定商品 旧第四十三類飴菓子
登録出願 昭和十年十二月二十八日
登録 昭和十一年九月二十九日
更新登録 昭和三十一年七月十一日